スポーツと生きていく。ビーチサッカー選手りょうすけのプロフィール。

はじめまして!

プロフィールをご覧いただきありがとございます。

はだしアスリートを運営しているりょうすけです。

ビーチサッカー選手としてスポーツと生きていくをテーマにブログメディアを運営しています。

小さな時から体を動かす事やスポーツが大好きで、今はビーチサッカー選手をしながら幼児の運動あそび、キッズサッカー教室、フットサルスクール、ビーチサッカースクール、専門学校などで子どもから大人まで幅広く指導をしています。

このブログではビーチサッカー選手しての活動や育成・教育・指導のこと、運動やスポーツのことについて発信・探求しています。

少し長い(約7分)ですがぼくの生い立ちから、現在の活動していることなどを紹介しています。

このブログであなたに出逢えたのも何かの縁だと感じます。

一文でも読んでもらえたら嬉しいです^^

それではどうぞ、よろしくお願いします!

プロフィール

ビーチサッカープレーヤー

高橋亮祐(@fut_foot_Jyo)

1989年生。静岡県磐田市出身。

現在、磐田市を拠点に活動するクラブアレイア(@ClubAREIA)所属のビーチサッカー選手。

幼少期(サッカーとの出会い)

ぼくは元々「家でお母さんと一緒に家に居たい。みんなと一緒に遊びたくない。」という子だった。

仕事へ向かう母の車に乗り、家のすぐ近くの保育園へ送ってもらい保育園の門の前で「行きたくない!!」と叫び、よく母を困らせていた。

そんな僕でも毎日保育園に通うことが楽しみになる。

それは、サッカーとの出逢いだった。

昼休みに園庭で友だちが蹴っていたボールがぼくの足元に転がってくる。

そのボールを園庭の奥に置いてあったゴールに思いっきり蹴りこんだ…

おおー!!すごい!!!

とぼくの様子をみてくれたいた先生が心のこもった大きな声で誉めてくれた。

その日以来ぼくはサッカーが好きになり、年長からサッカーを始めるきっかけにもなる。

保育園という場所はぼくのなかで特別な場所になった。

地元の少年団でサッカーを始める

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写真:青城サッカー少年団(三重県東員遠征)

友達の誘いで通っていた小学校のサッカー少年団に入りサッカーを始める。市の選抜チームや静岡県西部選抜(当時静岡県は西部、中部、東部で選抜チームを作っていて各地域から選抜された選手が集まっていた)に選ばれるくらいになる。とにかくサッカーに夢中だった。

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写真:小学生西部選抜の様子(パンツの上げすぎは否めない)

小学校で、はやくもサッカー漬けの日々で毎日夢中でボールを蹴っていた。

将来の夢は日本代表選手になって両親を試合に招待すること。そんなことを小学校6年生の卒業文集に書いた。後にフットサル選手時代に両親を試合へ招待することができたことはひとつ夢を叶えることができた。常に応援してくれている両親には本当に感謝。

黄金期のジュビロに興奮した中学3年間

中学校はJリーグの下部組織のジュニアユースのセレクションに合格し入団。3年間Jリーグのトップチームを観てサッカー漬けの日々を過ごした。僕らの年代は史上最弱と言われた3年間でなかなか試合に勝てず、大きな大会にも出場することは少なかった。

でも、黄金時代のジュビロ磐田を間近で観れたことは最高だった。週末はいつも華麗なパスサッカーに目も心も奪われ最高のお手本が目の前にあった。サッカーってこんなにパスがキレイに回るんだと毎回ジュビロのサッカーに釘付けになった(このときの写真がないのが残念)

 サッカーの下地ができた高校3年間

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写真:4番がぼくです。

高校時代は高校サッカーの華やかさを夢見てさらに3年間サッカー漬けの日々を過ごす。学校にはほぼサッカーだけをしに行っていた記憶しかない。当時の自分には「もう少し勉強しておけ」と言ってやりたい。

高校2年生のときには西部選抜としてスペイン遠征にいった。初のヨーロッパ遠征。2つ年齢が下のアトレティコ・マドリ―ドユース、3,4歳年が下のジュニアユ―スと試合をしたが年下とは思えないほど身体が大きく、速く、強く、なにも出来ないまま0-8くらいで負けた試合もあった。世界との差を肌で感じた。

プロサッカー選手の道を諦めた大学生活

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写真:大学サッカーリーグ一部残留のための入れ替え戦(ぼくは応援スタンドにいた)

大学進学は高校の一つ上の先輩がいった関西の新設大学へいく。毎年プロサッカー選手を輩出している関西の強豪大学に入学。(6期生として入学し4年間サッカー部でバリバリに学生生活を過ごす。卒業した大学は今では毎年プロ選手を輩出するような名実共に強豪の仲間入りをしてる。先輩・後輩の活躍は今でも刺激になる。)

たくさんの人の支えや応援で高校・大学とサッカーのスポーツ推薦で進学することができプロサッカー選手を目指す。大学のサッカー部では、まずトップチームで活躍してJリーグのチームにスカウトされるまで頑張ろうと志す。

しかし、大学3年生のときの紅白戦で後輩の1年生(現在Jリーグで活躍中)に頭3個分くらい上からヘディングシュートを決められ「コイツには勝てない」と悟る。圧倒的差をみせられると人は素直に現実を受け入れられるとも感じた。

僕のなかではショックな出来事だった。大学サッカー部に入部したのと同じ時期に大学サッカー部の監督のすすめで始めた社会人フットサルにも力を入れ始める。

世界を知る一流の指導者からの学び

写真:大学主催のキッズフェスティバルで大学サッカー部の仲間と一緒にキッズリーダーとして活躍。写真中央のおにぎりコーチとはいくつもの園を一緒に訪問し、キッズリーダーとして共に活動した。ぼくの結婚式のときに友人代表スピーチもしてもらった。

大学では選手としてサッカーとフットサルを続けながら、保健体育の免許も取得し、指導者としてもたくさんの学びがあった。大学主催のキッズプログラムフェスティバルでは女子W杯優勝を果たしたコーチと元サッカー日本代表選手の指導の下、総勢1,000以上のキッズたちへキッズスポーツプログラムを指導させてもらうことができた。世界で活躍した指導者の方々と同じ環境でキッズ指導ができたことは今の指導にも生きている。幼児期の楽しい経験が一番の成長の源だと学んだ。

大学1年生のときには、サッカー部の先輩に誘われ、幼稚園、保育園、こども園へサッカーを中心としたキッズ運動プログラムの巡回指導を行った。卒業する4年間で述べ3,000人以上(合計したらこのくらい)の子どもたちにサッカーや運動指導をし、指導者としての土台がつくらた。この時、毎日こんな楽しいことが仕事になればなあとぼんやり考えるようになった。

引用サイトーどの子も楽しめるリーベ式運動あそび

大学時代の濃い4年間。

  • 恩師との出会い
  • ドイツ、スペイン、アメリカへの海外遠征
  • 幼稚園保育園子ども園への巡回指導
  • 小学校でのサッカー指導
  • 中学校へのインターンシップ実習
  • 競技フットサルとの出会い
  • 中高保健体育免許取得
  • 母校での3週間の教育実習
  • 風呂屋での清掃アルバイト
  • 小学校での体育授業コーディネーター
  • フットサル場でのスクールコーチ
  • プロサッカー選手になることを諦める
  • フットサルの道へ進む

サッカー観、人生観を変えてくれた恩師に出逢い、これから一生付き合っていく仲間もできた。幼児から大人まで延べ10,000人以上、幅広く運動あそびや体育・サッカー、フットサルの指導をさせてもらうことができた。

大学4年間は、サッカーを中心に色々なコトに挑戦し、本当に充実していた。
決して安くはない学費を払ってくれた、両親に は頭が上がらない。本当にありがとう。

サッカー上達のためのフットサル

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写真:大学4年間フットサルも続けた

さらにサッカーとは別に競技フットサルとの出会いもフットボーラーとしては衝撃的だった。

サッカーが上手くなりたい!そんな想いで始めたフットサル。今ではフットサルは馴染みのあるスポーツだけど当時はフットサル=エンジョイ志向のあそびでしょ?的な雰囲気だった。

そんな雰囲気の中でも数人の大学サッカーの仲間と競技フットサルとして本気で取り組んだこと良かったと思う。一緒にプレーした仲間の中には、フットサルトップリーグのFリーグで活躍している選手もいる。フットサルの経験は卒業後、僕がFリーグやイタリアフットサルセリエA2に挑戦するきっかけをくれた。

フットサル選手としての2年間

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写真:Fリーグプレシーズンマッチ(多くのお客さんの前でプレー)

卒業後は社会人フットサルチームの破天荒監督のもとで鍛えられおかげで、Fリーグ(フットサル日本トップリーグ)のセレクション(入団テスト)に合格し、フットサル選手として活動することができた。大学卒業時には、青年海外協力隊、ベトナムへのサッカー指導者留学、大学院への進学、保健体育教員の道など色々な選択肢があった。

でも、選手としてまだやり残したことがあったのでフットサル選手としての道へ進んだ。フットサル選手としては1年間国内でプレーした後、憧れが強かった海外へ挑戦することを決意し、単身イタリアへ渡った。

イタリアセリエAの舞台

写真:髪型がマリモ。日本人の散髪の技術の高さを身をもって感じる

ここでも入団テストを受け、実力を認められ契約を交わしてもらうことができた。所属したクラブは、イタリアフットサルセリエA2(実質2部)のレッジャーナというチーム。世界最候峰のセリエAの舞台に立てれることが決まったと思うと、当時は気持ちの高ぶりを抑えることが出来なかった。

しかし…その気持ちの高ぶりも束の間、プロの世界、それも海外の厳しさを味わうことになる。

海外でプレーする厳しさ

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写真:イタリアのチームでは年齢的に中堅だった。

約1年間チームに在籍したがクラブの資金難で当初の契約の金額が支払われず極貧生活を経験。何回もクラブ幹部に直談判し「給料を支払ってくれ」とお願いするも10分の1以下の給料しか支払われず…イタリア時代は本当に苦しい時期でした。後にイタリアのチームメイトから聞いたら所属していたクラブは経営難で吸収合併していたことがわかった。

フットサル選手としての2年間は自分自身の未熟さもあり、つらい時間を過ごすことが多かった。特にイタリアではクラブの資金難が原因で極貧生活を送ることになりあの経験はもう味わいたくない。。。

ただ、プロとはなんなのか?1円でもお金をもらってプレーすることはどういうことなのか凄く考えさせられた。特に日本でプレーしていたときは、フットサルだけで生活をしているわけではなかったけど、お金を払って試合に来て応援してくれる人がいるといことはその時点でプロとしての責任姿勢覚悟を持たなければいけない。フットサルだけで生活をしているわけではないからプロではないと、周りからそんなことを言われた事もあったけどその言葉を受け入れていた当時の自分ただの甘えでしかなかった。プロとしての環境がほしければ自ら行動して環境をつくっていけばいいと今は考えられるようになった。

マイナースポーツ、メジャースポーツ、アマチュア、セミプロ、プロ。スポーツ競技、選手に対してこういった言われ方をするけど、プロとして生きていく覚悟を持って行動する時点でそれはプロだと思う。覚悟があるか、ないかだけ。

自分のやっているスポーツはマイナーだからスポンサーが集まらない。それはただの言い訳だ。今ならインターネットを使っていくらでも情報発信ができるし、やり方次第でPRは簡単にできる。これはイタリア時代にも感じた自分への戒めでもある。

だから僕はブログをやる。

関連記事:イタリアフットサルセリエAの挑戦(初めてのブログ。つたない文章で恥ずかしい)

イタリア人ブラジル人選手のメンタリティを感じる

それでもイタリアでの経験はかけがえのない時間となった。世界で戦うイタリア人やブラジル人たちからプロ選手としてたくさんのことを学んだ。フットサルの技術もさることながら、コミュニケーション能力が高く、それがプレーの質や結果に繋がっていると感じることが多かった。特に自分の意思をハッキリと主張する、感情を込めて自分を表現する、ぶれないメンタリティなど同じ選手としても多くのことを感じた。

そのころからメンタルについても興味を持つようになり、縁あってスポーツメンタルを受けるようになり、メンタルの重要性を身をもって実感することができた。今でもその経験はこどもたちへの指導へも生かせている。

イタリア発!レッジョ・エミリア・アプローチとの出逢い

そんな大変だったイタリア時代でも運命的な出会いもあった。ぼくが住んでいたレッジョ・エミリア市にはレッジョ・エミリア・アプローチという世界的に有名な幼児教育法があるのを知り、大学時代のキッズ運指導の記憶が鮮明に蘇ってきた。

図書館に行き、イタリア語の辞書を片手に資料を調べレッジョ・エミリア・アプローチの考え方に感銘を受けたのを今でも鮮明に覚えて。教育は教え込みではなく、個性を引き出し、認め、導いていく、そして子どもたちから溢れ出す創造性を大人も一緒に大切に育んでいくという考えに物凄く共感した。

関連記事:子どもたち1人ひとりの表現を大切にするレッジョエミリアプローチ。イタリアレッジョエミリア市での出会いから今のぼくがある。

レッジョ・エミリア市のそういった幼児教育法の効果なのか分からなかったが18歳以下のカテゴリーの選手とたちの練習を観る機会があったとき監督やコーチにもハッキリと自分の意見を伝える場面が多く見られた。上手い下手は関係なく、どの選手も自分の意見をしっかりと持っていると感じることが多かった。

もちろん文化の違いが一番大きいと思ったが、自分が18歳の頃、指導者に対して自分の意見を言ったことはほとんどなかった。そもそも「指導者に意見する=反抗」と少なからずそう捉えていた。

引用サイトーどの子も楽しめるリーベ式運動あそび

日本に帰国、出逢い

1.縄跳びが飛べない男の子

日本に帰国後は、大学時代に取得した中高保健体育教諭免許を活かし小学校学級支援員、中学校常勤講師を1年半経験。

小学校学級支援員をしている頃に、1年生の体育の授業で縄跳びが一回も飛べない男の子に出会う。縄跳びが1度も飛べない事がとてもショックだった。男の子も特に障害をもっているわけでもなく至って普通の男の子でした。(ぼくが小学生のとき、周りに縄跳びが飛べない子は一人もいなかったと思う)

色々な手立てで前回しが出来るように支援たけどが限られた時間、一人の子だけに集中して支援ができない物理的な問題もあり、結局その子は一回も縄を跳ぶことが出来ず縄跳びの授業は終わってしまった。縄跳びの技に挑戦するのではなく、縄跳びを使った跳ぶという遊びを経験することができていれば少しは変わったかもしれないと感じた。

縄跳びの前まわしが跳べずにつらそうな顔をしている男の子を笑顔に変えてあげたかったなと今でも感じている。

引用サイトーどの子も楽しめるリーベ式運動あそび

広がる運動能力格差

小学校で縄跳びが飛べない男の子、中学校では跳び箱が飛べない男の子にも出会った。そんな子たちがいる反面、運動やスポーツが得意な子は凄く能力が高かったことも覚えている。出来る子、出来ない子の運動能力の格差が広がりは、運動やスポーツそのものを小さな頃から経験する機会が少なかったり、環境がなかったりする事が多い。運動やスポーツに親しむ習慣が少ないことも要因かもしれないとも思った。

引用サイトーどの子も楽しめるリーベ式運動あそび

運動・スポーツで心と体を育む

スポーツ選手を目指さないから運動をしなくてもいい、スポーツをしなくてもいい。

そんな声や意見があるかもしれない。運動やスポーツは人生を豊かにしてくれる。

心を豊にしてくれる。運動やスポーツの中で培う小さな成功体験や達成感は将来につながるかけがいのない体験。それが一人の子を大きく強く成長させてくれる。

ぼく自身も幼少期の運動や体を動かすあそびの体験が今につながっていると実感している。運動・スポーツを楽しむことは子どもにとってかけがえのない経験であり、成長していくうえでは欠かせない。

褒めてもらう認めてもらう、経験が少ないと将来社会に出て、何か壁にぶつかったとき自分なりの道の切り開き方を見つけることが難しいかもしれない。

褒められる、認められることが少ないと自己肯定感や自尊心、自分に対する出来るという自己評価などが低くなる。

大学で学んだことを思い出す。小学校に入る前の幼児期の年代から、もっと褒められる、認められる体験が必要だと改めて強く考えるようになった。

褒めてもらうもらう、認めてもらう経験をぼくはリーベ運動あそびプログラムを通じて子どもたちにたくさん感じてもらいたい。小さな成功体験でも積み重なれば大きな自信になると僕は思う。

幼児期から誰もが運動を楽しめる習慣をつくる

だから、ぼくはリーベの運動あそびプログラムを通じて運動体験と成功体験をたくさんの子どもたちに広めていくことを決めた。

リーベの運動あそびプログラムを実際に子どもたちと一緒になって体験したときは『これだ!!と感じた。

「子どもたちってこんな笑顔をするんだ」

と驚いた。

  • 大学4年間の幼稚園保育園こども園での運動あそび指導
  • イタリア、レッジョ・エミリア・プローチとの出会い
  • 縄跳びが飛べない男の子との出会い
  • リーベ運動あそびプログラムとの出逢い

今まで経験してきたコトがすべてつながった気がした。

運動、スポーツを楽しみ、そして好きになる子をひとりでも多く増やしていきたい。

それができる可能性を秘めているリーベ運動あそびは今までにない運動あそび。子どもたちの本来持つ能力と笑顔を引き出し、個性と創造性を引き出す。

  • あそびの中で培われたものは一生もの。
  • さいごはあそびがモノを言う。
  • 楽しい先に心と体の育ちがある。

リーベ運動あそびプログラムを通じて、その一役を担うコトができればぼくは嬉しい。

2.ビーチサッカーとの出会い

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写真:今も大変お世話になっている村長とイタリアへ旅立つ前

アスリートヴィレッジ浜松ーwww.athlete-village.com

イタリアのクラブが資金難で帰国を余儀なくされ、選手は辞めようと決めていたがイタリアへ行くまでの間、パーソナルトレーナーをしてくれていた村長(名称)から

「面白い人いるから会ってみな」

と連絡があり翌日ジムへ向かった。

そこには、真っ黒な肌で茶髪の兄ちゃんがいた。それが今所属しているクラブアレイア代表でビーチサッカー日本代表鈴木俊多だった。ameblo.jp

仲間と共に

写真:第13全国ビーチサッカー大会東海地域予選決勝戦

その出会いをきっかけにビーチサッカーに魅了され、気が付けば5年が過ぎた。そして今は仲間と共に自分たちで環境をつくりあげビーチサッカーができている。チームも年々実力と結果を積み重ね、強豪チームの仲間入りが出来る手前まできた。あともう一つ、二つ上に行けるように試行錯誤をしてトレーニングを積み重ねていこう。

写真:2017年東海ビーチサッカーリーグ最終節。400人の方が観戦に来てくれた。

これまでたくさんの出会いに恵まれ色々な人に支えられて、ここまでこれたと思う。それは今も変わらず、素敵な最高の仲間と毎日を過ごせている。恩師からもらった一日一生という言葉を大切にこれからも過ごしていく。

代表の鈴木はじめ、メンバーのおかげで磐田市の公式サイトにも記載して頂けるようにもなった。本当にありがたい。

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写真:完成した冊子もいただいた

高橋亮祐さん|移住者|いいわたし@磐田市

ブログで発信していることで地域みっちゃく情報誌にも取材してもらえるようになりました。

【取材】発信することのオモシロさ!地域みっちゃく情報誌わたいろくらぶに取材してもらったよ!

2018.07.22

 これからのコトと僕が大切にしていきたい価値観

僕が大切にしていることはお互いの価値観と多様性を認め合うこと。その中でトップを目指すこと。ありきたりな言葉だけど今まで自分が経験してきたなかで大切にしていること。

この考えは1年間だけだけどイタリアに住んでいて肌で感じたことが大きい。色々な人種や文化が入り混じった国は価値観と多様性が 豊だった。

  • カフェでコーヒーを頼むおじさんはいつも笑顔で幸せそう
  • みんな楽しそうに生活をしているのが雰囲気で伝わる
  • みんな寛大で器が大きい
  • 今を楽しんでいる感じがいい
  • 時間にうるさくない(ただ電車が常に遅れるのは困りもの)
  • 色んな人種の人が暮らしている
  • 自己主張、自己表現がゆたか
  • 小さい子でも自分の意見をしっかりと持っている

そんな文化に影響され、他人を否定せず、存在を認めたり関心を持ったり、するコトは大切だと心の底から思う。周りにいる人たちは自分にないものを持っているから、必ず自分に気づきを与えてくれる。

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写真:チームメイトと(2人ともブラジル、イタリアの2つの国籍を持つ、女性は真ん中ジャーンの奥さん)

さらに1人として同じ考え方の人はいないということを常に念頭においておく。互いに共感する部分、共通するところがあり、同じビジョンに向かっていくコトがある。それはスポーツだったらクラブだったり、チームだったり。一般的には企業になるのかな。

 あらためてご挨拶

はじめまして!

ぼくに興味を持っていただきありがとうございます。ビーチサッカープレーヤーの高橋です。

ぼくは24歳のとき、ビーチサッカー日本代表選手との出会いがきっかけでビーチサッカーに魅了され選手を続けています。と同時に自分の経験を活かし子ども達への育成や指導もしています。

①ビーチサッカーの魅力を多くの人に知ってもらいファンになってもらう

②スポーツや運動を通じた育成と教育

③マイナーアスリートの価値を社会へ提供

という3つがぼくの行動指針です。今まで28年間サッカーを中心とするスポーツでぼくは、たくさんの仲間に恵まれ支えられ成長することが出来てきました。スポーツでアスリートして生きていくためにこれまで色々なことを考え、行動もしてきました。そこでたどり着いたのがアスリートとしてスポーツで生きていく。でした。

まずは自分が経済的にも時間的にも満たされないといけません。どちらも大切なものだから。もちろん、家庭もプライベートも大切にしながら。

アスリートしてスポーツで生きていく。そんな人生の限られた時間を過ごしていきます。

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プレイヤー歴

サッカー

  • 青城サッカー少年団(青城JFC)
  • ジュビロ磐田JrSSS
  • 磐田東高校
  • びわこ成蹊スポーツ大学サッカー部ーBSC HIRA

フットサル

  • あがりゃんせフットサルクラブ
  • アグレミーナ浜松
  • Reggiana Calcio A5(イタリアフットサルセリエA2)

ビーチサッカー

  • クラブ・アレイア(現所属)

取得資格

  • JFA認定U6キッズリーダーライセンス
  • 中学校・高等学校保健体育教員免許
  • アジアビーチサッカーコーチングライセンスLevel.1

現在の主な活動

ビーチサッカープレイヤー

>>クラブ・アレイア公式ホームページ

リーベ式運動あそびコーチ

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はだしスクールコーチ

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フットサルコーチ

関連カテゴリー:フットサル

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3 件のコメント

    • ビビットきてもらえて何より!また一緒に試合できることを楽しみにしています☆